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東京高等裁判所 昭和36年(ネ)1693号 判決

控訴人 恩田知明 外五名

被控訴人 恩田鈴子 外九名

主文

一、本件控訴を棄却する。

二、控訴費用は控訴人等の負担とする。

事実

控訴人等代理人は「(1) 原判決中被控訴人等に関する部分を取消す。(2) 被控訴人恩田鈴子は控訴人等に対し原判決末尾添付の別紙第一目録記載の建物につき昭和二四年八月一〇日静岡地方法務局佐久間出張所受付第三一九号、同別紙第二乃至第五目録記載の土地につき同年七月二二日同出張所受付第三〇三号同別紙第六目録記載の土地につき同日同出張所受付第三〇四号を以つてなされた同被控訴人のための各所有権取得登記及び同第九目録記載の土地につき同日同出張所受付第三〇五号を以つてなされた同被控訴人のための共有持分取得登記の各抹消登記手続をせよ。(3) 被控訴人高根義太郎同新木虎平は控訴人等に対し同別紙第一乃至第三目録記載の不動産につき昭和二六年五月九日前同出張所受付第三三〇号を以つて同被控訴人等のためなされた所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。(4) 被控訴人高根茂は控訴人等に対し同別紙第一乃至第三目録記載の不動産につき、昭和二八年六月二二日前同出張所受付第二八四号を以つて同被控訴人のためなされた共有持分取得登記の抹消登記手続をせよ。(5) 被控訴人武田茂六は控訴人等に対し同別紙第四、五目録記載の土地につき昭和二五年八月二九日前同出張所受付第三五二号を以つて同被控訴人のためになされた所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。(6) 被控訴人金田安弘は控訴人等に対し同別紙第六目録記載の土地につき昭和二五年八月二九日前同出張所受付第三五四号を以つて同被控訴人のためなされた所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。(7) 被控訴人原田信義は右土地につき昭和三一年五月四日前同出張所受付第四〇七号を以つて同被控訴人のためなされた所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。(8) 被控訴人百合嶋しげ子は控訴人等に対し同別紙第七、八目録記載の土地につき昭和二六年一〇月五日前同出張所受付第五九四号を以つて同被控訴人のためなされた所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。(9) 被控訴人鈴木八重子は控訴人等に対し同別紙第九目録記載の土地につき昭和二六年二月一四日前同出張所受付第一五六号、同別紙第一〇目録記載の土地につき同日同出張所受付第一五五号を以つて同被控訴人のためなされた各共有持分取得登記の抹消登記手続をせよ。(10)被控訴人熊谷賢一は控訴人等に対し同別紙第九目録記載の土地につき昭和三一年四月一三日前同出張所受付第三一二号、同別紙第一〇目録記載の土地につき同日同出張所受付第三一三号を以つて同被控訴人のためなされた各共有持分取得登記の抹消登記手続をせよ。(11)訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする。」との判決を求め、被控訴人等代理人はいずれも控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実及び証拠関係の陳述は

控訴代理人が

一、控訴人種間武男、同種間成昭の先代種間金三郎は昭和三三年四月二一日死亡し右控訴人両名が共同相続したものである。

二、東京高等裁判所昭和二七年(ネ)第九六五号事件(静岡地方裁判所浜松支部昭和二六年(ワ)第九一号九二号九三号等事件の控訴事件)の判決は昭和三一年六月一三日言渡されその送達をうけた直後訴外恩田侃(法定代理人控訴人恩田知明)は事件解決の方法相談のため、控訴人等と会合した際控訴人等は恩田侃の法定代理人知明並に法定代理人親権代行者清水勲からその相続回復について承認を得た。従つて時効は中断されたものである。

三、前記静岡地方裁判所昭和二六年(ワ)第九一、九二、九三号等事件の第一審判決が昭和二七年五月一七日恩田侃に送達されたことは認める。

四、証拠〈省略〉

と述べ、

被控訴人恩田鈴子外七名代理人が

一、控訴人種間武男、同種間成昭がその主張のように共同相続したことは認める。

二、控訴人恩田知明が恩田侃の特別代理人として被控訴人に提起した前記訴訟事件において本件被控訴人等は昭和二六年九月一一日恩田侃は亡国輔の家督相続人でないという抗弁を提出しており、本件控訴人等は右訴訟の維持に謀議をこらしていたものであるから、控訴人等は遅くともその頃恩田侃が家督相続人でないことを自覚していたのである。従つて相続回復請求権の時効は同日から起算すべきものである。

仮に然らずとするも、控訴人等(控訴人種間武男、同成昭については先代種間金三郎)は昭和二七年二月二日当時恩田侃の戸籍訂正事件が係属していた静岡家庭裁判所浜松支部において、右事件について行われた調停期日に出頭し種々接渉しているものであるから、同日から相続回復請求権の時効は進行するものである。

仮に然らずとするも、前記訴訟事件の恩田侃敗訴の旨の第一審判決は昭和二七年五月七日言渡され、同日一七日恩田侃に送達されたものであるから、前記消滅時効の起算日は右言渡又は送達の日である。

三、前記訴訟事件の控訴審の判決が控訴人等主張の日時言渡されたことは認めるが、控訴人等が恩田侃の法定代理人恩田知明並に法定代理人親権代行者清水勲に相続回復を求め、その承認を得たという控訴人等の主張事実は否認する。

控訴人等は協議の結果右判決に対し上告を提起したのであるから、控訴人等主張の事実がなかつたことが明らかである。

四、証拠〈省略〉

と述べた外、原判決の事実摘示の記載と同一であるからこれを引用する。

理由

当裁判所も被控訴人等に対する控訴人等の本訴請求は失当であると判断するものであつて、その理由は左記事項を附加補正する外原判決の理由説示と同一であるからその記載を引用する。

一、控訴人種間武男、同種間成昭の先代種間金三郎は昭和三三年四月二一日死亡し右控訴人両名が共同相続したことは争がない。

二、家督相続制度の旧民法においては、家督相続回復請求権は戸籍上戸主である地位を承継している表見相続人の地位を排除して相続人が戸主たる地位乃至相続財産に属する財産権の主体たる地位を回復するものであるから、右請求権は真正の相続人が表見ないしは僣称相続人に対してのみ行使しうるものであつて、これらの者から相続財産を転得した第三者は家督相続回復請求の相手方ではないとされていたが、家督相続を廃止して遺産相続だけになつた新民法においては、相続財産即ち遺産を組成する各箇の財産が遺産相続権の内容をなすものであるから、これに対し侵害行為があつたときは相続権の侵害があるというべく、かゝる場合遺産相続人に自己に相続権あることを主張してこれが侵害行為を排除して相続権の内容を自己に回復することを求められるのであつて、その際相続回復というと否とを問わず、又相続財産を一括して請求せずに個々の財産の返還を請求しても、相続回復請求たることを失わないと解すべきである。

そして相続回復請求権の性質は個々の財産に対する請求権の集合と解すべきであるからその行使の相手方は表見ないし僣称相続人等の不真正相続人に限るものでなく、これら不真正相続人から相続財産を個別的に転得した第三者に対する返還請求も亦相続回復請求というべきである。又相続回復請求権の性質は前記の通りであつてその行使が真正の相続人に限るというのはその請求権者即ち個々の相続財産の主体が真正の相続人であるからである、従つてその相続財産を侵害された相続人が相続回復請求権を行使せずして死亡したときは右相続人の相続人はこの侵害された状態における相続財産をこれに対する前記請求権と共に包括的に承継するものであつて先代相続人の死亡により当然に消滅するものということができない。ところで、控訴人等は本件不動産の所有権取得原因を相続主張するものであるから、これを理由として被控訴人等に対し本件不動産に対する登記の抹消を求める本訴請求は前叙説示するところにより相続回復請求権の行使というべく、そして被控訴人等はいずれも表見相続人である原審相被告の恩田侃から相続財産の一部を直接譲り受けた者か或はその者から更らに譲り受けた者であつて、相続回復請求権行使の相手方であるから、被控訴人等はいずれも民法第八八四条所定の消滅時効を援用しうるものと解するのが相当である。

以上説示と反対の見地に立脚して、被控訴人等は前記法条所定の時効を援用できないとする控訴人等の所論は、すべて採用することができない。

三、控訴人恩知明が原審被告恩田侃の特別代理人として被控訴人恩田鈴子外七名を相手として提起した静岡地方裁判所浜松支部昭和二六年(ワ)第九一乃至九三号、昭和二七年(ワ)第四一、四二号所有権移転登記抹消等請求事件について昭和二七年五月七日恩田侃敗訴の判決があり、同判決が同年同月一七日同人に送達されたこと、右判決において恩田侃は恩田国輔の家督相続人でない旨判示されたことは当事者間に争がなく、また同年八月一〇日控訴人恩田知明、同恩田義一郎、同藤田半三郎及び控訴人沢間保平と被控訴人鈴木八重子が原判決添付の別紙第九、一〇目録記載の山林の伐倒杉檜素材を他に売却処分したことも当事者間に争がなく、そして成立に争のない甲第二号証の九、一〇、同第四乃至六号証、乙第二号証に原審証人鈴木国吉の証言を綜合すると、前記山林は亡恩田国輔控訴人沢間保平、同恩田義一郎及び同藤田半三郎の共有であつて、登記簿上国輔の共有持分が家督相続により恩田侃に移転されこれが被控訴人恩田鈴子を経て被控訴人鈴木八重子に移転されたこと、控訴人恩田知明は登記簿上右山林について共有持分がなかつたこと、そして右売却による代金については恩田侃と恩田鈴子外七名間の前記訴訟事件が解決したとき決済するものであつたことが認められ、以上の事実に当審における控訴人恩田知明の供述並に弁論の全趣旨を綜合すると控訴人等は遅くとも前記判決の送達により相続の開始及び自己が真正の相続人であること並に被控訴人等が相続財産を占有している事実を知つたものと認めるのが相当である。

四、控訴人等は前記訴訟事件の控訴審である東京高等裁判所昭和二七年(ネ)第九六五号事件について昭和三一年六月一三日控訴棄却の判決があつた直後、控訴人等は恩田侃の法定代理人である控訴人恩田知明並に法定代理人親権代行者清水勲に対し相続回復を請求しこれが承認を得たと抗争するけれども、控訴人等の全立証によるも右事実を肯認することができない。そして控訴人等が本件訴訟提起前に被控訴人等に対し相続回復について裁判外の請求をしたことについて何等の主張も立証もないから、控訴人等の時効中断の抗弁は採用できない。

五、そうすると控訴人等の相続回復請求権は前記訴訟事件の判決が送達された昭和二七年五月一七日から起算して五年の後である昭和三二年五月一七日時効が完成し消滅したものというべきである。従つて控訴人等は相続によつて承継した本件不動産に対する権利義務を喪失したものというべきであるから、控訴人等の本訴請求は失当として棄却を免れない。

六、仮りに相続回復請求権は真正な相続人が表見ないし僣称相続人等の不真正相続人に対してのみ行使しうるものであつて本件被控訴人等のようないわゆる相続財産の転得者は右請求権行使の相手方でないとしても、被控訴人等はいずれも表見相続人恩田侃が控訴人等の相続回復請求権の時効消滅によつて本件不動産の所有権を取得しこれに基いて本件不動産の所有権を取得したものであるから、被控訴人等も右請求権の消滅時効を援用できるものと解するのが相当である。

けだし民法第八八四条が相続回復請求権の短期消滅時効を定めたのは一旦相続により成立し更にこれに基いて発展する法律関係を後日遡及的に覆滅するのは甚だしく取引の安全を害するものであるから相続財産関係を一般の場合と比べて特に速やかに確定し第三者の不慮の損害を防止するのが目的である。そして相続回復請求権の行使によつて損害を蒙るのは表見ないし僣称相続人等の不真正相続人ばかりでなく、これ等の者を真の相続人と信じて相続財産を転得した第三者も不測の損害をうけるこというまでもないことである。従つて不真正相続人と相続財産の転得者との間に差別をつけて前者にのみ短期時効の援用を認容し、後者に援用を許さないというのは前記法条の趣旨を没却したものというべきである。従つて後者も当然に右時効を援用できるものといわねばならない。そして控訴人等の相続回復請求権は前記法条所定の五年の時効が完成して消滅したこと前叙認定の通りであるから、控訴人の本訴請求は失当というの外はない。

以上の通りであつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却すべきものとし、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条、第九三条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 菊池庚子三 川添利起 花淵精一)

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